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幕末箱館の防衛プランについて

1 :名無し三等兵:02/08/28 23:33 ID:PrbXyYE5
幕末期箱館の五稜郭を中心とした幕府の防衛プラン
また戊辰戦争時官軍からの防衛プランについて
当時の兵器の性能も考慮に入れて考えよ

そのとき、五稜郭を取り巻く台場群の関連性についても
教えてくれ!!



2 :名無し三等兵:02/08/28 23:35 ID:r8Z90iwS
2get!!!!!

3 :打通さん:02/08/28 23:35 ID:???
中国ならずものごろつきちんぴらどもはみんなイチコロ

4 :名無し三等兵:02/08/28 23:37 ID:???
出遅れた!!5くらいか?

5 :2:02/08/28 23:38 ID:???
ふぅ・・・。何とか2げっとだな。

さて、スレの1は何を書いてるのかな、と。

>>1よ。榎本武揚さんに聞いてみたかい?
きっと教えてくれるよ。

6 :名無し三等兵:02/08/28 23:41 ID:???
ああ、ゴールデン・ラッキーの作者だね。

7 :名無し三等兵:02/08/29 00:19 ID:???
age

8 :名無し三等兵:02/08/29 00:25 ID:KPmGzFAT
>>1
ヴォーバン方式の要塞、しかも縦深が無い五稜郭は未完成で時代遅れ。
まだ熊本城の方が守りやすい

9 :名無し三等兵:02/08/29 00:31 ID:???
定期age

10 :SSBN:02/08/29 00:32 ID:I2kKGMo4
>>8
ヴォーバン式って其のときは既に時代遅れだったの?
兵隊の大量動員が可能になったことで要塞の価値が減ったぐらいにしか思ってなかったけど
時代遅れ云々について詳細希望。

11 :名無し三等兵:02/08/29 00:35 ID:???
つーか、なぜあの時期あんな場所にあんなピカピカの要塞があったのか誰か教えてくんろ

12 :名無し三等兵:02/08/29 00:36 ID:KPmGzFAT
>>10
南北戦争でのサムター要塞あたりが時代の先端のはず。
ヴォーバン式だと大砲や施設が大角度で落下する砲弾から掩蔽されないので厳しい。

13 :名無し三等兵:02/08/29 01:02 ID:???
そのとうり!


14 :名無し三等兵:02/08/29 01:06 ID:???
>>10
大量徴兵システムの確立と要塞の価値の減少には何の因果関係もないぞ

15 :名無し三等兵:02/08/29 01:09 ID:KPmGzFAT
>>14
ナポレオン戦争では、大量徴兵が可能になったため
国境地帯の要塞群を無視して一気に敵首都に侵攻が可能になった。
因果関係は、要塞に部隊を貼り付け、要塞守備隊が出撃して後方連絡線を脅かす事ができなくなったこと。

つまり大量徴兵により、要塞の価値が相対的に低下した。

16 :名無し三等兵:02/08/29 01:24 ID:???
>>15
要塞等の築城構造物の価値は、地形を利用して戦闘力を増進することにある
国民徴兵システムの確立は要塞の戦術的価値を低下させることはない
戦略的な価値に言及するなら、ナポレオンのフランス軍は前近代的な兵站システムを
維持していたため、後方連絡線に頼る比重が他のヨーロッパの軍隊に比べて格段に小さかった
しかし、だからといって要塞の価値が低下したことにはならない
最後まで兵站システムの脆弱性を克服できなかったことがナポレオンが最終的に敗北した一因となった
更に言うなら、ナポレオン戦争以後、各国は国民徴兵による大量動員システムの確立とともに、
国境の要衝地域の永久築城の構築に予算をより一層傾注するようになる

17 :15:02/08/29 07:23 ID:Nlg4THB1
>要塞等の築城構造物の価値は、地形を利用して戦闘力を増進することにある
地形の利用だけなら、野戦築城も同じだ
永久築城の利点は、戦略要地に築城する事により周囲を支配する事にある

>国民徴兵システムの確立は要塞の戦術的価値を低下させることはない
同意

>最後まで兵站システムの脆弱性を克服できなかったことがナポレオンが最終的に敗北した一因となった
ナポレオンの没落は要塞により兵站を遮断された事ではなく
長すぎる補給線+焦土戦>ロシア戦役
ゲリラ戦>スペイン
などの理由による(あと外交)



18 :名無し三等兵:02/08/29 08:05 ID:/r457EYA
>>11
ココ見れ

http://www.goryokaku-tower.co.jp/frame1.htm

19 :名無し三等兵:02/08/29 18:44 ID:???
>>17
野戦築城でも地域の支配は可能だし、要塞の意義は地域の支配だけじゃない
それにナポレオンの敗因が「要塞により兵站を遮断された」とは一言も言ってませんし、
フランス軍の脆弱な兵站組織「だけ」が敗因だったとは一言も言ってませんが何か?
確かに火力の発達はヴォーバン式の幾何学的な要塞の価値を減じさせはしたが、
要塞の価値自体は少しも減じていないし、ましてや大量徴兵システムの確立は
要塞の価値を減少させていない
そもそも、近世以降大量徴兵システムが発展した原因の一つは要塞にあったし、
もしナポレオンの国民徴兵による兵力優勢が要塞の価値を減じさせたのならば、
ナポレオン以上の兵力優勢を成し遂げたルイ14世の時期に
何故要塞の価値は減少しなかったのか?

20 :15:02/08/29 21:46 ID:Z1LuWp5Q
>>19
ルイ14世時代の戦争は、大規模な軍隊を保有していても
その内情は要塞に籠もる民兵と、傭兵主体の野戦軍であった
このような場合、戦争は隣接する要塞間での絶え間ない小競り合いと
機動と兵站を水路と要塞に依存する少数の野戦軍(全軍の規模から見ると)の会戦で行われた

ナポレオンによる国民軍の成立は、それまでの傭兵と民兵主体の軍から
機動力を大規模に向上させた。
軽量の砲と段列、長期間の戦役に耐える安価な国民兵
宿営は天幕を主体としたものから露営に代わり、分進合撃戦略と現地調達組織の発展で
兵站組織は要塞依存から解放された。

それまでの戦争で要塞にこだわっていたのは、兵站が大きな理由だった
しかしナポレオンは、機動力の高い国民兵により、要塞を無視し敵国策源付近の敵野戦軍主力を
補足撃滅する事により戦争を早期に終了させる事に成功した。

21 :名無し三等兵:02/08/29 21:50 ID:???
そんだけ氏?

22 :名無し三等兵:02/08/29 21:58 ID:+HsarAY6
何のスレだ?

23 :15:02/08/29 22:09 ID:wY6lcbZZ
オランダの独立戦争では、スペイン軍とオランダ軍がイタリア式築城要塞(の発展型)を
両軍とも大量に構築したため、あの狭い低地地方に大量の軍がひしめきあった。

スペインは陸路で兵站を維持したため、大量の戦費がかかり
新大陸で取れる銀を湯水のように消費した
オランダは、戦費を交易でまかなった、また制海権を最後まで奪われなかったため
コストの安い水上輸送を行い、戦力で上回るスペイン軍を苦しめた。

要塞の価値低下は、機動力の向上により成立する。
鉄道の発展により要塞の価値はさらに低下し、機関銃と塹壕戦術により
歩兵と騎兵の機動力が相対的に低下した事により要塞の価値は上がった(ヴェルダン要塞など)

>21
ちがいます。

24 :名無し三等兵:02/08/29 23:33 ID:???
>>23
ナポレオン率いるフランス軍が高い機動力を示したことと、鉄道網の発達は同列に論じることができない
そもそも国民兵の登場と軍隊の機動力向上には何の関連性もない
ナポレオンのフランス軍は、兵站を現地調達に大きく頼ったために分進合撃をとらざるを得なかった
大規模な段列を随伴しなかったのではない
大量の動員に兵站組織の整備が追いつかず、随伴するだけの余裕がなかったからに過ぎない
フランス軍は槍を歩兵の主武装として装備したヨーロッパ最後の軍隊でもあった
このため、野戦軍の規模は最大で3〜5万程度に抑えなければならなかった
分進合撃は戦略でも何でもなかった
分進合撃を行わなければフランスの野戦軍は大規模な作戦行動ができなかったからに過ぎない
この点で、ナポレオンの率いたフランス軍は他のヨーロッパ列強の陸軍に比べて
前近代的だったと言える
結果的に、鈍重な段列から開放され、物資の豊かな地域に迅速に移動する必要に迫られていた
フランス軍の機動力は向上したが、結局はロシア遠征の失敗の原因となった
その後、ナポレオンは列強並の兵站組織の整備に乗り出すが、結局は達成する前に敗北している
兵站の点から言えば、フランス軍は当時の標準的な軍隊ではなく、後世に影響を与えたとも言い難い
ナポレオンが敵の要塞を無視できたのは圧倒的な兵力優勢にあったからで、
フランスの敵が大量徴兵システムを確立して兵力比を逆転するに及んで
ナポレオンの決戦戦略は破綻している
故に、ナポレオン戦争初期にフランス軍が要塞を無視できたからと言って、
大量徴兵システムの確立が要塞の価値を減少させたとは言えない

25 :名無し三等兵:02/08/30 20:37 ID:wW4YMmpl
age

26 :名無し三等兵:02/08/30 20:38 ID:???
(●´ー`●)



27 :大蝦夷新撰組 ◆6VZhT3zI :02/08/30 20:40 ID:???
あー語ることない。

28 :名無し三等兵:02/08/30 20:43 ID:???
(●´ー`●)

29 :15:02/08/30 21:37 ID:QbsF8UeV
>フランス軍は槍を歩兵の主武装として装備したヨーロッパ最後の軍隊でもあった
>このため、野戦軍の規模は最大で3〜5万程度に抑えなければならなかった

ナポレオン時代ではすでに槍は主力兵器の位置から滑り落ちている
ルイ14世の時代に、銃兵の射撃結節時における防御用として用いられたのがほぼ最後
それに、槍が原因で野戦軍の規模を3〜5万に抑えたわけではなく、一つの街道を
補給、進撃路とした場合、3〜5万が適正な規模だったにすぎない。
分進合撃戦略は、数個の師団を組みあわせた軍団を戦略単位として
相互に連携しながら外線戦略を遂行した。

>この点で、ナポレオンの率いたフランス軍は他のヨーロッパ列強の陸軍に比べて
>前近代的だったと言える
傭兵を主力として戦ったため、ナポレオンに対抗出来なかった他列強の軍が
近代的だったとは、初耳だ。

30 :名無し三等兵:02/08/30 23:30 ID:???
>>29
当時のフランス軍は、兵力の著しい膨張に兵站が追いつけず、
当時のヨーロッパ列強の陸軍に比較して一歩後退しており、
古い略奪の風習、言い換えるなら現地調達方式に戻っていた
兵士一人当たりの携行糧食は、オーストリアやプロイセンでは
7〜10日分を支給するよう定められていたが、
フランス軍は最も恵まれていた場合でも3日分しか補給されていなかった
結果的に、フランス軍はこのスタイルのおかげで速度と軽便さにおいて
敵を驚かせるほど先んじることができたが、
同時に兵士に著しい肉体的苦痛と犠牲を要求していた
兵站組織の点では「ナポレオンに対抗出来なかった他列強の軍」のほうが近代的だったと言える
文章をよく読んで貰いたい
それとも自分の文章が解りにくかっただろうか?
だが少なくとも自分は国民兵と傭兵の違いについては一言も言及していないし、
ましてや、それをもってフランス軍が前近代的だったとは言っていない

フランス軍は兵力の増強に装備の調達が追いつかなかったため、
2線級の部隊の一部においては銃を兵士全員に支給することができず、
やむを得ず新兵に槍が支給されている

フランス以外の列強の軍隊は、大軍を機動させる場合、戦闘展開や
行進縦隊の掌握等の利便性を考慮して部隊を複数に分割し、それぞれ別の街道を機動させた
一方、フランス軍は、あなたの言うように、補給の都合で分進せざるをえなかった
フランス軍特有の、侵入した領土の資源を活用して補給するスタイルでは、
一本の進撃路に依存して大軍を動かすことは物理的に不可能だったからだ

何度も言うが、ナポレオン戦争期のフランス軍固有の組織上の特徴を
普遍の現象として捉え、それをもって要塞の価値が減少したとする論法は無理がある

31 :名無し三等兵:02/09/15 03:07 ID:???


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